「よくないことというのは突然降りかかるものなんだ。なにも悪い子だけがひどい目にあうというわけではないし良い子にしていれば必ず安全というわけでもないんだよ。誰かにさらわれるかもしれないという漠然とした恐怖に子供は晒されている。だから儂のそばから離れてはいけないよ。」
見知らぬものにかどわかされるなと先生は言っていた。
僕にとって他人というのは信頼できないもので
顔を知らない実の両親もそうだった。
赤子の時に魚の足が物珍しいからと親元から攫(さら)っていった盗賊も売られた先の卑しい蝋燭屋の老夫婦も足を売れと契約を迫ってきたあの魔女もそして両親の親戚だという先生ですら僕にとっては人攫いみたいなものだ。
ただ、先生がやつらと違ったのは僕を一人の人格として扱ってきたことだった。
そういった扱いを受けたのは初めてだが、それがなぜか心地よく彼が人攫いでも何でもいいと思うようになった。
先生は聞いたことは教えてくれるのに、聞かないことについては話してくれないところがあった。
何か大人の基準で線引きしているのかもしれないが、それがどうにも煩わしい。
先生は僕よりも僕の兄のほうをよく気にかけているから、どうせ兄にも僕と同じ話をする。
何かにつけて兄のほうが認められていると感じられるのがどうしようもなく嫌だった。
兄は何でも持っているような気がして自分は何も持っていないような気すらした。
この腹の奥底から湧き上がる深い闇のようなどす黒い感情を教えてくれたのは先生だと思う。
彼は悪い人ではないが、僕自身まだ完全にかどわかされてはいないようだった。
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他人を信頼できないっていうのは兄のほうもそうなので所詮は似たもの兄弟です。
先生は双子を引き取った父親の親族です。わりとおじいちゃんなのに子育て押し付けられてる。
碧は小さい頃、魚の足を持っていて(普段はうろこがついたような肌で水に浸かると魚のヒレになる)盗賊に攫われて売られたけど売られた先でもわりとひどい扱いを受けていたらしく耐えかねて逃げたら運悪く捕まったのがネロ子だったというかんじです。魔女のネロが碧に契約迫ってきたのは不老不死になるという人魚の肉を食べたかったのとそれを父親にあげたかったからという能天気な理由だけど本人はいたって本気だったという。結局魚の足だけで譲歩したようで、碧は契約後人間の足と色違いの目(魔女憑の印)になります。
兄のほうが認められて弟は認められない(逆もしかり)って兄弟でギスギスするのは定番だけどうちのもだいたいそんなかんじです。碧は兄の前ではいい顔してるから余計にたちが悪い。どす黒い感情は師が関わっていたとはいえ兄と自分を比較して自発的に得たものだろうし†腹の奥底から湧き上がる深い闇†とか言ってますがこれはただの嫉妬ですね。(台無し)